繋ぎ、繋げるCompassion
2024.08.01
「皆様とのやり取りを通して私が学んだことは、(略)皆様のCompassionです。皆様を通して、中学生(高校生)の自分だからできることがあり、弱さは最大の強さになるということを改めて学びました」
これは最近受け取った本田伊紗也さんからのメールの抜粋です。生体肝移植とJB-101に関心を持つ当時中学3年生だった本田さんを順天堂大学に迎えての取材から早1年が過ぎようとしています。当時は中学生だった本田さんは今高校生となり、学業に創作活動にと充実した毎日を過ごしているようです。取材当日の様子はすでにHPに掲載されているため割愛しますが(肝移植やJB-101について学校のみんなに伝えたい!中学生が免疫治療研究センターを訪問 – コラムで学ぶ ミライを変えるトレランス (juntendo.ac.jp))、私たちが本田さんに最も惹きつけられたのは、先天性の糖原病という難病を患い、毎日10時間程度の睡眠の確保、4、5時間おきの栄養摂取など、常に制限のある生活を強いられる中で、限られた時間を上手く使うことができる自己管理能力と自分の目標のためにひたむきに努力できる向上心の高さでした。
ところで、このCompassion(コンパッション)という言葉、昨年度の日本再生医療学会総会のテーマにもなっていましたが、最近よく耳にするようになりました。古フランス語を語源とし、日本語では“同情”、“哀れみ”、“思いやり”などと訳されます。com-は“共に”、passionは“情熱”という意味をもち、一見、思いやりとは意味が離れているように思えますが、passionはここでは“情熱”ではなく“受難”という意味で、例えば、J.S.バッハの代表曲の一つ『マタイ受難曲』も英語の原題は『St Matthew Passion』となっています。情熱と受難はお互い遠い存在のように思われますが、「自分ではどうにもならないこと」という語源を知れば、どちらも性質が同じであることは理解できるかと思います。よって、com+passionは“苦しみを共にする”、つまり、だれかの困難や苦しみに共感し、寄り添い、思いやる気持ちを表しています。本田さんは私たちから学んだCompassionを作文という形にまとめ、第23回日本再生医療学会総会における中高生のためのセッション(作文コース)で見事入賞を果たしました。
「マイナスをプラスに変える力が自分にはある」
本田さんのキャッチフレーズでもあるこの言葉は、どんなことでもすべての経験を糧にして、自らの強みへと昇華させることができる非凡な才能を象徴しています。本田さんの人生に抗いがたい先天性の病気が影響を与えたことは言うまでもありませんが、ご両親の教育を始めとして、本田さんを取り巻く環境や彼自身が本来持っている探求心や向上心、それに伴う行動力が大きく作用し、「自分にしかできないことが必ずある」というこの上なく高い社会貢献の意識を備えるに至っています。再生医療学会総会での授賞式には本田さんとその家族の姿がありました。家族全員で受賞を喜び合う明るい姿に、難病という受難の中で寄り添い合った家族のCompassionが重なります。患者さん一人一人にその患者さんを大切に思う家族の存在があり、互いが互いを励まし支え合いながら日々医療の進歩を、新薬の誕生を心待ちにして一日一日を大切に過ごしている現実を私たちは忘れてはいけません。
本田さんのように、病気と向き合って生きるだけでなく、同じく難病で苦しむ患者さんの未来のために率先して行動することは誰にでもできることではありません。将来、彼が目標としている再生医療に関わる法整備も一筋縄ではいかないことは、今日交わされている議論を一瞥しただけでも誰もが感じられるところです。しかし、より大きな目標に立ち向かうことで彼の中に強い活力が生まれ、一年前の取材の日、本田さんのお母さんが言った「車いすを使わずにここまで来られました。昔だったら信じられません。こうやって皆さんとお会いできることが彼の元気の源になっているんです」という言葉に表れているように思います。治療薬の開発途中ではありますが、私たちの研究が、この挑戦そのものが、患者さんを勇気づけ、知らず知らずのうちにCompassionを実践しているのだということを本田さんに教えられました。
「『その時の自分にしかできない役目があるかもしれない』って。だから、うまくいかなくても腹が立っても意味はあります。必ず」
これは最近話題のNHKの朝の連続テレビ小説『虎に翼』のセリフの一節です。日本における最初の女性弁護士であり判事である三淵嘉子さんをモデルにしたドラマで、現代社会に対する強いメッセージ性を秘めた脚本に多くの人々が共感を寄せ、このセリフにも大きな反響がありました。私はこのセリフに、情熱と受難の両方が介在した強烈なCompassionを感じます。少し大げさかもしれませんが、自分が生まれてきた意味を知る時、社会における自分の役割を知る時、人は一層使命感に駆られ、目の前にある何かに一生懸命になれるのだと思います。そして、その人がもつ本来の力、あるいはそれ以上の力を発揮することができるのかもしれません。
免疫寛容プロジェクトでは、免疫学のもつ力を信じて免疫診断から免疫治療にまで日々研究に明け暮れています。すべての患者さんのために、うまくいかなくても腹が立っても、その時の自分にしかできない役目を研究室のメンバー一人一人が担い、働いています。うまくいかないことがあっても意味はあります。必ず。患者さんの困難に共感し、寄り添い、そして助けようとする気持ちがより近い未来で形にできるよう、Compassionの理念を大切にしながら今後も歩みを止めることなく研究を続けていきたいと思います。
- ※挿入の漫画は下記の本田さんの受賞作文を元に作成しています
- 本田伊紗也『今、できること』第23回日本再生医療学会総会 中高生のためのセッション 作文コース銅賞作文
- 選考結果|第23回日本再生医療学会総会 (congre.co.jp)
「今、できることがある」
東京農業大学第一高等学校中等部3年 本田伊紗也
先天性の希少難病を持って生まれてきた私は、入退院を繰り返し、小学校には殆ど通えなかった。しかし、家族をはじめ、多くの人達の温かい支えと励ましを受け、沢山のことに挑戦してきた。招待を受け、群馬、京都、種子島、アメリカなど様々な場所を訪れ、数々の奇跡的な出来事を経験してきた。私には持病由来の筋肉の症状があり、自分の足で遠出することはできない。だが、皆さんの「心−Compassion」の上昇気流を受け、いくつもの困難の山を車いすに「乗り、越え」てきた。
このように、幼い頃から沢山の「心−Compassion」を受けてきた私は、小学校を卒業する頃には、「体の弱い私でも、自分のできることで世の中の役に立ちたい」という強い意志を持つようになった。卒業文集には、「マイナス(-)に見えることも、自分(I)には何ができるかを考えて行動すれば、プラス(+)に変えられる(-とIを重ねると+になる)。将来は弁護士になり、弱い立場の人々の役に立ちたい。」と綴った。このビジョン実現のため、私は18年後の未来を次のように思い描いている。
2041年8月7日、私は弁護士として、再生医療における“ELSI”「倫理的・法的・社会的な課題」に関する法整備、法改正に従事している。再生医療には、ヒトゲノムが関係しており、生命にかかわる分野での個人情報の取り扱いや倫理的課題に対する取り組みは、困難を極めている。また、専門分野に対する社会からの理解、許容も重要になるため、様々な分野の専門家と協議を重ねている。私の役割は、専門家と社会の間に立ち、法的な観点から両者をつなぎ、双方の理解を深めることである。
今日は、免疫寛容に関する再生医療を主導している順天堂大学の内田先生との打ち合わせが予定されている。再生医療に関する法整備において、医療現場の先生方からの意見は大変貴重である。
「そういえば、先生と初めてお会いしたのは、ちょうど18年前の2023年8月7日だったか。」
順天堂大学での打ち合わせに向かう途中、私はあの中3の夏を回顧しながら、大学のある新御茶ノ水駅のホームに降り立った。
思い返せば18年前、私がまだ中学3年生であった頃、学校の課題研究のテーマを「肝移植」に決めたことが発端だ。私の持病は将来的に肝移植が必要になる可能性があり、興味を持ったのだ。当初はクラスメイトが関心を示してくれるとは思えず、大変不安であった。しかし、中間発表をした際、皆とても真剣に耳を傾けてくれ、「肝移植について、とてもよくわかったよ!」と感想を言ってくれたことが、非常に嬉しかった。
この課題研究作成の過程で、順天堂大学が主導している「免疫寛容プロジェクト」、「移植後の免疫抑制剤からの離脱」について知った。色々と疑問が湧いてきたので、治験担当医師の内田先生に取材の申し込みをすることにした。質問事項をまとめ、中間発表で使用した資料なども添付し、メールを送った。ただ、医療従事者の方々の多忙さを理解していたので、当初、返信は期待していなかった。
ところが、10日程たった日曜日、内田先生本人から、心のこもった返信があった。それだけでも驚いたのだが、さらにその内容に驚愕した。なぜなら、先生が取材を快諾して下さっただけではなく、再生医療現場の見学にまで誘って下さったからだ。
そして2023年8月7日、順天堂大学において、各分野の専門家の方々が私一人のために貴重な時間を割き、取材に応じて下さった。再生医療の現場見学では、集中力を要する細胞加工作業が、無菌室で深夜から早朝まで行われると知り、その大変さを目の当たりにした。それぞれができることで最大限の力を尽くし、協力し合い、患者様への「心−Compassion」を実現させていることを、私は肌で感じた。
またその場において、私にも「今、できること」があることを知った。なぜなら、「本田さんがまとめている課題研究が、幅広い世代への再生医療の伝え方の参考になるかもしれない。」と、内田先生が期待を寄せて下さったからだ。難しいことを世の中にわかりやすく伝えることは、先生方も苦労されているという。だから、もし中学生である私の課題研究発表が同世代に理解してもらえれば、広い世代に再生医療を理解してもらう契機になるかもしれない。これは、今の私にしかできないことだ。
私は「18年後の未来予想図」を実現させ、将来は弁護士として法的観点から再生医療に貢献したいと願っている。しかし、再生医療の現場の方々と直接お会いしたことで、私には「今、できること」もあると気付かされた。私たち一人一人が、「今、できること」を考え、実践していけば、「心−Compassion」は広がり、つながっていく。そうすることでよりよい未来が生まれていくと、私は信じている。
奥村 康 (おくむら こう)先生 好きなもの:ワイン、赤シャツ、カラオケ(そして神戸)
千葉大学大学院医学研究科卒業後、スタンフォード大・医、東大・医を経て、1984年より順天堂大学医学部免疫学教授。2000年順天堂大学医学部長、2008年4月より順天堂大学大学院アトピー疾患研究センター長、2020年6月より免疫治療研究センター長を併任。 サプレッサーT細胞の発見者、ベルツ賞、高松宮奨励賞、安田医学奨励賞、ISI引用最高栄誉賞、日本医師会医学賞などを受賞。
垣生 園子 (はぶ そのこ)先生 好きなもの:エビ、フクロウ、胸腺
慶応義塾大学医学部卒業後、同大学院医学研究科にて博士号取得。同大学医学部病理学教室助手、ロンドン留学等を経て、1988年に東海大学医学部免疫学教室初代教授に就任。2008年より同大学名誉教授、順天堂大学医学部免疫学講座客員教授。 第32回日本免疫学会学術集会 大会長、 日本免疫学会理事(1998-2006)、日本免疫学会評議委員(1988-2007)、 日本病理学会評議委員(1978-2007)、日本学術会議連携会員 内藤記念科学振興財団科学奨励賞(1989)、 日本ワックスマン財団学術研究助成賞(1988)、日本医師会研究助成賞(1987)を受賞
谷口 香 さん(文・イラスト) 好きなもの:お菓子作り 大相撲 プロテイン
学習院大学文学部史学科卒業 同大学大学院人文科学研究科史学専攻博士前期課程中途退学 学生時代は虫を介する感染症の歴史に忘我する。とりわけツェツェバエの流線型の外見の美しさとは裏腹の致死率ほぼ100%(未治療の場合)という魔性の魅力に惹かれてやまない
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