研究者にとっての留学とは

2021.10.01

独立行政法人日本学生支援機構の調査によれば,2019年度の日本人学生の海外留学状況は、年度後半の新型コロナウイルス流行によって留学時期の延長や中止があったにもかからず10万人を超えています。留学の目的はさまざまですが、専門的な勉強をすることが目的であれば、その分野の研究が進んでいる地域や師事したい研究者のいる大学を選び、外国語習得が目的であれば、その言葉が使われている地域を選ぶ傾向にあると思われます。インターネットの普及によって世界をより身近に感じることのできる今、海外に行くメリットとは何でしょうか。

奥村先生は米国スタンフォード大学へ、 垣生先生は英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンへ留学されたご経験があります。そのお二人が考える「研究者にとっての留学とは」。
「時代的背景から考えると、奥村先生や私が留学した頃は日本はとても遅れていました。だから海外であらゆることを吸収しようという意識がとても高くて、今の若い人たちとは背景も考え方も随分違うと思います(垣生先生)」

「若い優秀な人たちにはぜひ留学してもらいたいですね。留学すれば、日本と海外との差に愕然とすると思います。教育者になろうとする人は、下の若い人たちを育てないといけないわけですから、そのためにも海外を知らないと話になりません。国内でどんなに頑張ってもそれは難しくて、留学は最低条件とも言えます。開業すれば別ですが、次世代の若い人を育てていくためには、留学して向こうの人たちとコンタクトを取って、パイプを作って、それは自分のためだけではなく、後輩のためにもとても大事なことになります(奥村先生)」

「当時はお金の心配もありましたからね(垣生先生)」

「今は奨学金の制度も充実しているので、そういった心配はしなくていいですしね(奥村先生)」

―海外で研究をすることのメリットはどういったところでしょうか。

「欧米では、昔から研究も臨床も一緒にやっています。私の同僚でジェフリー・ブルーストーンという人がいますが、彼は非常に幅広い移植のネットワークを持っていて、例えば彼を訪ねて自分のバックグラウンドを説明すれば、きっと彼は良い先生を紹介してくれると思います。彼のようなワールドワイドな先生を選ぶことが重要です。局部的な、臨床しかやらないというような先生ではなく、広く人脈のある先生を選ぶと次の若い人を育てる時にすごく役立つと思います。それは私が感じたことでもあります。それにアメリカの大御所というのは、皆さんのような若い人たちと話すことをとても喜びますよ(奥村先生)」

「もう一つはね、どうしてもやりたことが今ある場合、そのスペシャリストのところを一度訪ねてみることです。ペーパーだけではわからないですから。私の後輩で、ペーパーだけで判断して留学した人がいましたが、合わなくて一年悩んだ末に辞めてしまいました。相性って大事ですからね(垣生先生)」

―研究をしていると次々に色々なことに興味が出てきて、なかなか研究テーマを絞れない部分があったりします。どこかに絞っていかないといけないものでしょうか。

「そういう経験をしたということが留学先で生かせますよ(奥村先生)」

「そうそう、それは必ず役に立ちますよ(垣生先生)」

―先生方は留学期間をどのように決めましたか。

「私は延長しました。何せ行くときは奨学金一年分というものしか取れませんでしたから。それで一年ということで行って、研究がたいへん面白かったので、延長したいから何かありませんかと聞いてポストを探してもらいました(垣生先生)」

「僕は大学の助手というポジションを持って行きましたから、当時助手の月給6割くらいは貰えました。2年間はお金が貰えますが、3年目からはもうだめです。自分で食べていかないといけません(奥村先生)」

―留学中の具体的な研究テーマはどういった形で進めていったのでしょうか。

「それはね、向こうの先生のグラント(助成金)の中で生きるわけです。そこで自分とどこかで共通点があれば先生が仕向けてくれますけど、大まかにはその先生のサイエンスの枠の中に入らないとお金は出ません(奥村先生)」

「だからきちんと調べていかないといけないんですよ(垣生先生)」

「まあでも共通点というのはたくさんありますから。移植とか免疫とかね。問題ないと思いますよ(奥村先生)」

―帰国のタイミングや帰ろうと思ったきっかけはありましたか。

「それはね、アメリカから日本を見てみると、また違った日本が見えます。時々日本から来る人とかもね。そうすると自分に向き不向きのところが何となくわかります。海外から日本を見ることは非常に大事です(奥村先生)」

「あまり帰ることを考えないでいいと思いますよ(垣生先生)」

留学先で知り合った奥村先生と垣生先生

「僕と垣生先生が知り合ったのは留学先のボス同士の仲が良かったからなんです。セミナーでお会いしました。そこで垣生先生のボスが、日本に帰ったら僕の師匠の多田先生を頼れと言って手紙を書いてくれたんです(奥村先生)」

「留学先では人の出入りもたくさんあります。一週間の内2回くらいはセミナーがあって、他の教室の人たちとも接点ができて、コラボができて、それも財産になりますね(垣生先生)」

「だから人脈というのは非常に大事ですよね。誰に会うのかということ。私たちも若い方には非常に気を遣いますよ。将来何か役に立つようにしてあげたいといつも思っていますから(奥村先生)」

広く人脈のある先生に師事したからこその先生方の繋がりに、研究のみならず、留学によって人生の幅があらゆる方向に広がることがよくわかりました。そして、先生方のような大御所と呼ばれる方々が若い研究者に無限の可能性を感じ、何とか力になってあげたいと思う気持ちも伝わってきました。現在コロナ禍で海外を訪れるのも容易ではありませんが、留学したいのに二の足を踏んでいるという方は、その迷いを捨ててぜひ海外で経験を積んでほしいと思います。

留学先で出会った奥村先生と垣生先生
恩師ヘルツェンバーグ先生ご夫妻と

奥村 康 (おくむら こう)先生
好きなもの:ワイン、赤シャツ、カラオケ(そして神戸)
千葉大学大学院医学研究科卒業後、スタンフォード大・医、東大・医を経て、1984年より順天堂大学医学部免疫学教授。2000年順天堂大学医学部長、2008年4月より順天堂大学大学院アトピー疾患研究センター長、2020年6月より免疫治療研究センター長を併任。 
サプレッサーT細胞の発見者、ベルツ賞、高松宮奨励賞、安田医学奨励賞、ISI引用最高栄誉賞、日本医師会医学賞などを受賞。
垣生 園子 (はぶ そのこ)先生
好きなもの:エビ、フクロウ、胸腺
慶応義塾大学医学部卒業後、同大学院医学研究科にて博士号取得。同大学医学部病理学教室助手、ロンドン留学等を経て、1988年に東海大学医学部免疫学教室初代教授に就任。2008年より同大学名誉教授、順天堂大学医学部免疫学講座客員教授。
第32回日本免疫学会学術集会 大会長、 日本免疫学会理事(1998-2006)、日本免疫学会評議委員(1988-2007)、 日本病理学会評議委員(1978-2007)、日本学術会議連携会員
内藤記念科学振興財団科学奨励賞(1989)、 日本ワックスマン財団学術研究助成賞(1988)、日本医師会研究助成賞(1987)を受賞
谷口 香 さん(文・イラスト)
好きなもの:お菓子作り 大相撲 プロテイン
学習院大学文学部史学科卒業
同大学大学院人文科学研究科史学専攻博士前期課程中途退学

学生時代は虫を介する感染症の歴史に忘我する。とりわけツェツェバエの流線型の外見の美しさとは裏腹の致死率ほぼ100%(未治療の場合)という魔性の魅力に惹かれてやまない

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