からだの中のおまわりさん、NK細胞 (前編)
2023.10.01
私たちの街を日々パトロールし、犯罪から私たちを守ってくれるおまわりさん。街中の喧嘩やトラブルを仲裁し、交通整理を行い、不審者がいれば駆け付け、落とし物や迷子の対応までしてくれる万能的な存在ですが,私たちの体の中にも体内の治安維持を担うおまわりさん的な細胞が存在しています。それがNK(ナチュラルキラー)細胞です。ただ、おまわりさんとは言っても、このNK細胞は私たちの知っている警棒を携えた温厚な日本のおまわりさんではなく、疑わしきは問答無用で即射殺という「生まれながらの殺し屋」の異名を持つ免疫細胞です。殺し屋とは何ともおっかないですが、体内で私たちの健康を維持するために四六時中働いてくれている非常に心強い用心棒です。
「ウイルスに感染した細胞や、日々発生するがん細胞を死滅させたりするのがNK細胞です。一般の人たちが普段免疫が上がるとか下がるとか言っているのはNK細胞の活性のことです。T細胞やB細胞の活性は簡単に上がったり下がったりするものではなく、普段は働かずに休んでおり、NK細胞が退治できなかった敵が残っていると動き出します。NK細胞が日々の生活を守るおまわりさんだとすると、T細胞やB細胞は有事の際に動き出す軍隊のようなものです」(奥村先生)
NK細胞の発見
スタンフォード大学のヘルツェンバーグ博士のもとでセルソーターに悪戦苦闘しながらT細胞研究に勤しんだ奥村先生でしたが(免疫学の歴史『セルソーター』参照)、すんなり博士の研究室に入れたわけではありませんでした。当時、博士の元で研究したいポスドクが何十人も順番待ちをしており、いくらサプレッサーT細胞の発見者となった奥村先生と言えども簡単に割り込める状況ではありませんでした。
「ただ待っていても埒が明かないので、もうアメリカに行って待ってようと思って。そこでNIH(National Institute of Health)に留学したんですが、そこで偶然出会ったのが仙道富士郎先生でした」(奥村先生)
NK細胞が発見されたのは今から約50年前の1975年。3人の研究者によってほぼ同時期に発見され、その中の一人が仙道富士郎先生という日本人研究者でした。
「仙道さんはがん細胞を免疫してがんのワクチンができないかという研究するためにNIHに留学していました。その研究の最中、彼は、全く免疫していないマウスのリンパ球でもある程度がん細胞を殺す現象を発見したんです。毎晩二人で酒を飲みながら、その解釈をどうしたらいいのかと悩みを聞かされていました。僕はその現象が信じられず、「それはあんたの実験が下手だからだよ」と悪態をついて、もう酔っぱらって「自然な状態でもがん細胞を殺す細胞があるっていうんだったら、ナチュラルキラーって名前にしたら」って言ったところ、仙道さんは本当にNK細胞という名前で発表しました。そしたら同じころにアメリカの別のグループとヨーロッパの研究者たちも全く同じ現象を発見したという報告があり、NK細胞が免疫の表舞台に登場することになったんです」(奥村先生)
参考資料
- 奥村康 『健康常識はウソだらけ コロナにも負けない免疫力アップ』 ワック株式会社2020
- 読売新聞 2018.5.30 夕刊
- 読売新聞 2016.8.9 朝刊
- https://gan911.com/column/1648/
- https://gan-mag.com/immunooncology/2885.html
奥村 康 (おくむら こう)先生 好きなもの:ワイン、赤シャツ、カラオケ(そして神戸)
千葉大学大学院医学研究科卒業後、スタンフォード大・医、東大・医を経て、1984年より順天堂大学医学部免疫学教授。2000年順天堂大学医学部長、2008年4月より順天堂大学大学院アトピー疾患研究センター長、2020年6月より免疫治療研究センター長を併任。 サプレッサーT細胞の発見者、ベルツ賞、高松宮奨励賞、安田医学奨励賞、ISI引用最高栄誉賞、日本医師会医学賞などを受賞。
垣生 園子 (はぶ そのこ)先生 好きなもの:エビ、フクロウ、胸腺
慶応義塾大学医学部卒業後、同大学院医学研究科にて博士号取得。同大学医学部病理学教室助手、ロンドン留学等を経て、1988年に東海大学医学部免疫学教室初代教授に就任。2008年より同大学名誉教授、順天堂大学医学部免疫学講座客員教授。 第32回日本免疫学会学術集会 大会長、 日本免疫学会理事(1998-2006)、日本免疫学会評議委員(1988-2007)、 日本病理学会評議委員(1978-2007)、日本学術会議連携会員 内藤記念科学振興財団科学奨励賞(1989)、 日本ワックスマン財団学術研究助成賞(1988)、日本医師会研究助成賞(1987)を受賞
谷口 香 さん(文・イラスト) 好きなもの:お菓子作り 大相撲 プロテイン
学習院大学文学部史学科卒業 同大学大学院人文科学研究科史学専攻博士前期課程中途退学 学生時代は虫を介する感染症の歴史に忘我する。とりわけツェツェバエの流線型の外見の美しさとは裏腹の致死率ほぼ100%(未治療の場合)という魔性の魅力に惹かれてやまない
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