夢の「免疫寛容」を目指して
~JB-101誕生秘話~
2022.02.01
肝移植において誘導型抑制性T細胞(JB-101)を使った免疫寛容を目指す画期的な医師主導治験。今回はJB-101開発のきっかけとなる基礎研究を行った順天堂大学免疫学講座の奥村康先生と場集田寿先生に、「JB-101誕生秘話」を伺いました。
JB-101開発の経緯を教えていただけますか?
奥村 臓器移植後の患者さんは拒絶反応を抑えるため、生涯に渡り免疫抑制剤を飲み続けなければなりません。その結果、感染症や糖尿病、腎臓病などさまざまな合併症を発症しやすくなってしまいます。私たちは移植後の拒絶反応を止める鍵となるものを長年研究し続け、共刺激分子CD80/86に辿り着きました。
場集田 私はもともと鹿児島大学で移植医療を研究していたのですが、免疫が重要だと考え、30数年前に奥村先生の研究室に入りました。研究を続けるうちに、「移植患者さんが免疫抑制剤を服用せずに過ごせたら、どれほど幸せか」と思うようになり、いろいろな分子を片っ端から調べ始めました。その中でCD80/CD86がT細胞の活性化に大きく関与していること、CD80/CD86を抗体で阻害すると免疫寛容の状態を引き起こすことに気づきました。さらに、その機序を調べて行く過程で、移植免疫反応を強烈に抑制する細胞の存在に気づいたのです。そこから先は初めて経験する現象が多く、驚きと興奮の連続でした。ただ当時は一生懸命説明しても誰にも信じてもらえず、奥村先生だけが励ましてくださいました。
奥村 今から20数年前の話で、最初はマウスの心臓移植で実験しましたよね。すると心臓が生着したのに拒絶反応が起きなかった。
奥村 マウスなら抗体を投与するだけで移植したグラフトの寿命が延びますが、霊長類はなかなか延びません。
場集田 そもそもこの研究は当講座の八木田秀雄先生がCD80/86を移植分野で応用するアイデアを他の研究者に提案されているのを、偶然私が横で聞いていたことから始まりました。サルの実験では東京女子医科大学の君川正昭先生や寺岡慧先生のお力もお借りするなど、周囲の方々に非常に恵まれたと思います。
奥村 場集田先生や八木田先生がサルの細胞を体外に取り出し、免疫抑制細胞をつくって体内に戻すという方法を考え、それが成功したことが現在実施中の医師主導治験へとつながりました。その後、東京女子医科大学の寺岡慧先生が人の腎臓移植で試みられましたが、免疫抑制剤の量を3分の1程度に減らすことには成功したものの、ゼロにはできませんでした。腎臓移植に限界を感じた私はさらに人脈を辿り、北海道大学で肝臓移植を多く手掛けておられる藤堂省先生に臨床研究をお願いしました。そこで10例中7例を免疫抑制剤フリーにできたのです。このとき研究に参加された患者さんは、9年たった今も免疫抑制剤を服用せずに元気に働いておられます。
いちばん苦労されたことは?
場集田 論文化する際に追加実験を求められたことでしょうか。ただ、このときも現北海道大学教授の清野健一郎先生と一緒に追加実験を終えて無事論文化できました。人に応用するときは当時の日本の研究施設がどこも賛同してくれず、中国に活路を求めたこともありましたが、諸事情で中断。2013年には北海道大学の藤堂教授が中心となり、国内の複数の施設で研究室が立ち上がったのですが、それもいろいろな事情で行き詰まりました。そんなとき、日本移植学会理事長の江川裕人先生が興味を示してくださったこと、順天堂の内田浩一郎先生がチームに入ったことでシステムづくり、会社設立、海外との交渉など、一気にプロジェクトが進みました。このことがこの治療法の臨床応用を模索するうえで一番の原動力になったわけで、多くの方々からご協力いただいたことに感謝しています。
奥村 治験が始まると、日本移植学会や日本再生医療学会のオフィシャルなサポートが非常に重要ですね。全国の先生方とお話ができますし、そのおかげで長崎大学、広島大学、東京女子医科大学と連携できています。本当に感謝です。
今後の展望を教えてください。
場集田 「JB-101はなぜ効果があるのか」いろいろな席でよく質問を受けますので、研究を進めています。内田浩一郎先生を中心とするメンバーの解析によりかなり詳細なことがわかってきましたので、学会や一般の医師の先生方に我々のコンセプトをご理解いただけるよう努めていきます。
奥村 この治療法は、いずれ移植医療以外にもリウマチや腎炎など、あらゆる自己免疫疾患に応用できると考えています。移植患者さん以外にも裾野を広げ、多くの患者さんに朗報をお届けしたいです。
患者さんへのメッセージ
奥村先生
現在、世界でもっとも使われている免疫抑制剤はタクロリムスといい、私はその開発のきっかけとなる基礎研究を行いました。約20年前にタクロリムスが発売されて以来、移植医療の世界は大きく変わりました。しかし、免疫抑制剤を生涯飲み続ける必要があることに変わりはなく、同時に合併症のお薬も飲み続けなくてはなりません。時は流れ、今や「拒絶反応をどうコントロールするか」ではなく、「免疫抑制剤そのものをなくせないか」と考える時代になりつつあります。JB-101の細胞療法により免疫抑制剤を飲まずにすめば、患者さんの生活の質を大きく引き上げることにつながります。今後はJB-101をきっかけに、臓器移植以外のさまざまな病気の治療法の研究に挑んでいきたいと考えています。「日暮れて道遠し」という言葉が思い浮かびますが、より多くの患者さんのために努力いたします。
場集田先生
この10年間、私たちは31名の患者さんにこの治療法をご活用いただきました。北海道大学での臨床研究では、7割の患者さんが免疫抑制剤を服用せずに過ごしており、これはコロナ禍においても大きなメリットです。米国では新型コロナウイルスの感染症により、免疫抑制剤を服用されている多くの患者さんが亡くなられています。そのニュースを耳にしたとき、私は非常に残念に感じると同時に、「なんとかして臓器移植後の免疫抑制剤をなくす治療法を確立したい」という思いも強くなりました。
新しい治療法ですので耳慣れない方もいらっしゃるとは思いますが、今後もJB-101を全国へ安全にお届けできるよう尽力して参ります。
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